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2009年11 月 2日 (月)

記紀の年代を復元できない理由の一つ・・・・暗号の存在

多くの学者が、100年以上も記紀の年代解読に挑みながら、未だに正しい年代を復元できないのは、なぜなのか。

日本書紀の編者は、国史の作成に当たり、高度な手法を持ち込んだ。
しかし、度が過ぎれば(正しく表現すれば、編者の創作の手法が高度であるほど)、常識と思われる考え方では、編者の考え方やレベルに対応できない。その結果、「日本書紀は、出鱈目である」と考える人まで生まれる。創作のレベルと解読のレベルが違うのである。(尤も、「出鱈目」というなら、編者との比較における知能レベルの違いである。)編者が日本書記の創作に当たって、取り込んだ様々な手法(あるいは技法)や高度な処理を認識できないのである。解読を難しくしているのは、「まさか、そんなことをするはずがないとか、そんなことはあるはずがない。」というような常識である。

上記の件に関しては、いくつかの記事において既に述べてきたことである。
ここでは、別の角度から見た「復元できない理由」について述べる。
多くの方の復元年代は、尻尾である(年代の下った)推古天皇の側から始める。記載年代が復元年代と一致していると考えられているからである。あるいは、雄略天皇であったり、記紀間で1年しか違わない反正天皇からスタートする。
尻尾から解読していくと、前述した編者の創作の手法(豊富な、奇抜なアイディア)に気付かないのである。復元年代と一致しているのだから、編者にとって、「暗号」や「年代や在位のからくり」は不要である。せいぜい、倍暦を考えさえすれば年代の解読ができると勘違いしてしまう。
主要な暗号は、神武の東征出発の年代に記載されている。「年代や在位のからくり」は、神武時代に多く存在する。欠史九代は、その表現のとおりデータが少ない。等々から、解読は、つい後回しになってしまう。尻尾の安易なところから復元を進めたのだから、もう少しましな復元年代が得られそうなものなのだが、復元が順調に行われていると錯覚を起こしてしまい、神武天皇の正しい復元年代に届かないのである。
編者は、日本書紀の記載に当たって、神武天皇から記載した。(雄略天皇から始まったとする見解もあるようだが、そうだとすれば、雄略以前は神武から始まった。)「編者の考えや思い入れは、先頭の神武にある。先頭(神武天皇)の最初に記載された数字は年代を示す暗号である。それすら解読せずに、正しい年代が得られるはずがない。

筆者は、記紀(古事記と日本書記)について何も知らないで、ひょんなことから、頭(神武天皇)から解読を始めてしまった。既に復元年代の基本的なことは解読済みなのであるから、いまさら筆者のようにやれ、というつもりではない。尻尾と頭とでは、編者が創作した復元に関わる内容に極めて大きな違いがある。頭に記載された「暗号」や「年代や在位のからくり」の重要性を知ってもらえればよいのである。

日本書記の年代解読に対して、「古事記」や「倭姫命世記」の果たした役割は極めて大きい。復元結果は、古事記と日本書紀を分けてみているが、両者はほとんど同じ復元年代になっている。古事記は、偽書といわれる。しかし、年代に関しては、「日本書紀の解読書あるいは参考書」と見做しても不思議ではないのである。
以下に、暗号の解読の結果のみ記しておく。解読方法は、カテゴリ「ニニギ降臨の暗号」の中の関係記事を読んでいただきたい。

古事記と日本書記の復元年代は、神武の年代を示す一連の数字である
「古事記」では、最初にあらわれる数字が、日子穂穂出見命に記載した「ホホデミの暗号、治天下580歳」(復元年代:神武東征出発155年)である。次に現れる数字は、「神武天皇御年137歳の暗号」(復元年代:神武誕生137年)である。
「日本書記」では、彦火瓊瓊杵尊の降臨の記事にある「ニニギ降臨の暗号179万2470余歳」(復元年代:神武即位162年と神武崩御175年)が復元年代に関する最初の記載である。
上記の復元年代は、神武の年代を示す一連の数字であり、記載内容に照らしても整合性がある。」

古事記と日本書記の関係は不明であるが、何かを伝えたいときに、同じ表現はしない。
ニニギは日向三代の初代であり、ホホデミは日向三代の二代目である。
古事記はホホデミの暗号の復元年代を神武東征出発の年とした。(御年では神武誕生年を示す。)神武東征出発の年は、日本書紀において太歳干支の付与された重要な年である。また、日本書記は、ニニギ降臨の暗号で神武即位年と神武崩御年を記載する。「古事記と日本書紀はそれぞれ棲み分けがなされている。」

ちなみに、「倭姫命世記」は、日本書記と同じ「ニニギ降臨の暗号179万2470余歳」を記載する。
その他に、「ニニギ治天下の暗号21万8543歳」(復元年代:神武誕生137年)と「ウガヤ治天下の暗号83万6032歳」(復元年代:神武崩御175年)を記載する。ただし、「倭姫命世記」には、「ホホデミ治天下の暗号63万7892歳」(復元年代:179年不明)もあり、筆者の解読とは一致していないが、「降臨の暗号と治天下の暗号の合計値」(これも暗号と考えてよい)は神武137年で一致している。

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